スポーツ

上原康恒、残り1秒の右フックで世界奪取 「好きなようにやってみろ」の一言から始まった大逆転

たった一言が、人生を変えてしまう。そんなことが、本当にあるのだろうか。

1980年、デトロイトのリング。王者セラノが、マットに沈んでいく瞬間を、私は何度も見てしまった。

激励でも戦術でもない、どこか投げやりにも聞こえる言葉が上原にかけられる。

「好きなようにやってみろ」

上原は、この言葉を背に受けて前へ出た。

どこか緩慢な空気が、試合会場を包んでいる。この日のメインイベント、トーマス・ハーンズ対ピピノ・クエバス戦はすでに終わっていた。上原―セラノ戦も3大世界戦の一つだったが、映像から伝わってくる空気は、世界タイトルマッチとは思えないほど緩慢だ。

選手がリングに上がっても、観客はキョロキョロと周りを見ていたり、隣の人と話したりと、集中しているように見えない。

実況、解説に至っても同様で、どこかリラックスした口調で試合の模様を語っている。

3週間前に決まったという、急造にも思えるカード。チャンピオンは当時、WBA世界スーパーフェザー級で10回連続防衛を果たしているサムエル・セラノ。挑戦者は、当時30歳の上原康恒。初めての世界挑戦から6年をかけて、再び世界の頂点に挑む機会を得た格好だ。

王者と挑戦者、それぞれが名乗りを受け、拳を天に向かって突き上げる。世界戦の幕が、上がろうとしている。

1R

上原は肩をぐるぐると回しながら、セラノへ向かっていく。フェイントというより、細かく体を動かしているように見える。その姿を見て、私は自分が大きな舞台に立つ直前のことを思い出した。

私も経験があるから分かるのだが、大きな舞台直前は、自分でも気づかないくらいに体を動かしていた。屈伸をする、アキレス腱を伸ばす、体を大きく反らす。とにかく、体を動かしていないと、緊張感に押しつぶされそうになるのだ。

もちろん、世界王者を目指すリングと私が立った舞台を、同列に語ることはできない。それでも、上原の仕草にはどこか覚えがあった。

それにしても、セラノは落ち着いていた。距離を取りながら、上原のパンチをじっくりと観察する。飛び込んでくる上原に対しては、体をかわしたり、クリンチをしたりして、攻撃のチャンスを摘んでいく。

さらに、自分自身が飛び込んでパンチを繰り出す際も、1発、2発パンチを繰り出すと、組みついて上原に反撃の機会を与えなかった。

2R

1Rと変わらず攻勢をしかける上原を、いなしながら反撃するセラノという構図。上原はセラノの懐に飛び込み、打ち合う姿勢を見せる。しかし、セラノはそれを許さない。巧みなテクニックで上原の攻撃をまともに受けない。

このラウンドでは、一瞬ヒヤリとする瞬間も見られた。セラノを赤コーナーに追い詰めた瞬間だ。突進してきた上原をいなすと、強烈な右フックが放たれた。まともにくらった上原は、一瞬足元がふらついたようにも見えたが、立て直してリング中央まで引いていく。

ほんの少しでも隙を見せれば、世界の頂点が遠のく。そんなヒリヒリとした緊張感が伝わる瞬間だった。

3R

出だしからセラノが攻勢に出る。一気に距離を詰めると左、右と打ち、最後に大振りの左を放つ。これは距離が近過ぎたのか、上原を押し返してしまうような形で終わった。

その後、再びセラノはアウトボクシングに徹するようになる。上原が飛び込もうとすれば、鋭いジャブを放ち、それを防いでいく。

このジャブこそが曲者だった。的確にヒットするジャブが、上原の踏み込みを遅らせ、セラノのリズムを作っていく。

上原が飛び込む。1発当てられると、セラノが組みつく。上原が飛び込む機会を狙う。セラノがジャブを連発で繰り出し、それを防ぐ。完全にセラノがペースを握った試合が続いていく。

4R

試合はセラノが支配しているように見えた。ジャブの連打で動きを止め、飛び込んできたらクリンチで防ぐ。上原は攻めあぐねていた。踏み込みながらの大振りなフックも、スッと体をかわされる。すると、今度はセラノが上原の懐に飛び込んできて連打を浴びせる。

アウトボクシングを主体にしながら、不意に打ち合いに持ち込んでくるセラノの攻撃。上原が攻め込む回数が減ってきているように感じる。肩でフェイントを仕掛けながら、鋭いジャブで牽制する。

セラノの老獪なボクシングスタイルに、私は唸り声を出すしかなかった。それほど、美しいボクシングに見えたのだ。

5R

試合はやはり、どこか緩慢な空気が流れている。解説も時折笑いを漏らしながら、リラックスしているように感じた。さらには、映像ではカメラがリング上の選手ではなく、ラウンドガールを追う場面まである。

チャンピオンが勝つに決まっているさ――。私には、そんな風に言われている感じさえした。

しかし、私はこのラウンドにどこか違和感を覚えた。セラノが前に出てくることが多くなったように感じたからだ。上原に対して、距離を保っていたセラノが攻勢に転じているような気がする。

ここまでのセラノは、距離と技術で上原を封じ込めていた。そんなセラノが前に出てきている。それに違和感を覚えたのだ。その理由は映像だけでは分からない。所々で打ち合うシーンまで見られるようになった。

もっとも、試合そのものは明確にセラノのものだった。5R終了時点の採点は、3者とも50-45でセラノ。上原は、一つのラウンドも取れていなかった。

何かが変わってきている。そんな空気を感じさせながら、5R終了のゴングが鳴り響いた。

6R

冒頭の「好きなようにやってみろ」というセコンドの言葉がかけられたと伝えられているのが、このラウンドが始まる瞬間だった。

諦めとも取れるような、投げやりなアドバイスにも感じられるこの言葉だが、その直後に上原の運命は大きく動く。

5Rでは、どこか攻めあぐねていたように感じた上原が、積極的に前に出てパンチを繰り出していく。セラノは今までと同様に、体をかわし、クリンチで上原の攻撃を封じる。

しかし、上原を倒しにきているような場面も見られた。ジャブで距離を取りつつも、上原の懐に飛び込んでくる。ヒットしなかったものの、大振りのアッパーで上原を仕留めにきたかのような瞬間もあった。

私には、セラノが勝ち急いでいるように見えた。

ゴールが見えた瞬間、人はそこに目掛けて駆け出してしまうことがある。私も同じだ。落語のオチがもう少しで来る瞬間には、緊張感から解き放たれたい、早く終わらせてしまいたいと考えて、ワーッと捲し立てることがある。

そんなときは、どうなるだろうか。ほとんどの場合、悪い結果に終わってしまうものだ。ゴールが見えているからこそ、冷静に、確実に物事は運ばなくてはいけない。

解説席からは、時折笑い声が聞こえる。

そんな緩んだ空気を覆す瞬間がやってきた。

左フックをボディに打つ仕草を見せたセラノ。それをかわした上原が伸ばした左に、セラノが後退する。ロープを背負ったセラノは、上原の攻撃をかわしつつ、左ボディを放ちながら向きを変えようとした。

その瞬間だった。

上原の右フックが顔面をとらえる。

腹を丸めながら、上原の方向に少し傾いたかと思うと、ゆっくりと沈み込んでいき、リングに仰向けに倒れた。左こぶしをあげ、ロープをつかもうとするような仕草を見せ、なんとか立ちあがろうとするチャンピオン。

しかし、その願いは叶わなかった。

試合終了のゴングが鳴ると同時に、セコンド陣がリング内に雪崩れ込んでくる。上原は、そのひとりに抱えられながら、右の拳を突き上げる。

10度防衛を果たしていた、ボクシング巧者のチャンピオンに代わり、新チャンピオンが誕生した瞬間だった。

リアルタイムで見たわけではない試合を、今ではネットで見ることができる。結果も知っている。それでも私は、セラノが沈む瞬間を何度も見てしまう。

5R終了時点で、採点は3者とも50-45。誰が見ても、セラノが優位に試合を進めていた。そして6R、残りわずか1秒。上原の右が、その試合をひっくり返した。

「好きなようにやってみろ」

その一言が、本当に上原を変えたのかは分からない。けれど、その言葉をかけられたと伝えられるラウンドで、上原は世界王者になった。

たった一言が、人生を変えてしまう。

そんなことが、本当にあるのだろうか。

この試合を見るたび、私は「あるのかもしれない」と思ってしまう。

-スポーツ
-, , , , , ,