人前で話すことが苦手で、あがり症だった子どもがいた。
そんな子どもが、やがて300人近い観客の前で落語を披露するようになる。昔の自分なら、きっと信じなかっただろう。
何を隠そう、その子どもとは私のことだ。
今、私は「おきらく亭らい好」という名前で、社会人落語家として高座に上がっている。
今回、出演させていただいたのは「紅型と落語」という落語会。首里で長い歴史を紡いできた染物、紅型を今に伝える「城間びんがた工房」が主催する会だ。

実は、1月にも参加しており、30人以上のお客様の前で一席披露させていただいた。
今回は夏の開催ということで、テーマは「怪談」。落語には滑稽噺や人情噺だけでなく、数多くの怪談噺がある。三人の演者が、それぞれ異なる怪談を披露する趣向だ。
城間栄市さんによる「城間びんがた工房」解説
16時に開場すると、着物姿のお客様もちらほら。私たちも負けてはいられない。着物に袖を通し、少しずつ気持ちを高めていく。開演の時間が刻一刻と近づいてくる。
落語の開演前には、城間びんがた工房の代表であり、十六代目として紅型制作に携わる城間栄市さんが登壇。紅型や工房の歴史、自身の歩みについて紹介してくれた。

私たち出演者も客席の後方で聞かせていただいたのだが、その内容が実に興味深い。沖縄の伝統文化の奥深さを改めて知ると同時に、栄市さんの人柄にも触れられる時間だった。もっとじっくり聞いてみたいと思ったほどだ。
講話が終わると、いよいよ落語が始まる。
座布団の前では、演者のひとりである猪名川亭風鈴さんが用意してくれた、ろうそく型のライトがゆらゆらと揺れている。縁側の雨戸も閉められ、会場には先ほどまでとは違う空気が漂っていた。
三人の演者が三者三様の怪談を披露する、真夏の落語会が静かに始まった。
おきらく亭らい好「もう半分」

開口一番は、私、おきらく亭らい好が務めさせていただいた。
演目は「もう半分」。永代橋のたもとにある一軒の居酒屋を舞台にした怪談噺である。
酒を「もう半分」と半分ずつ注文する常連の老人が、店に大金の入った風呂敷包みを忘れてしまう。その金を見つけた店の夫婦は、自分たちのものにしてしまい――。
金の魔力と人間の強欲さ、狡猾さを垣間見ることができる一席だ。オチに待つ因果応報の怖さには、演じている私自身、ゾワッと寒気を感じることがある。
手前味噌で申し訳ないが、お客様の反応は上々だったように思う。だが、自分が納得できたかといえば、そうではない。
言い間違える。言葉が詰まる。そこで慌て、さらに間違える。なんとか取り繕い、あっぷあっぷのままオチまでたどり着いた、というのが正直な感覚だった。
まだまだ稽古も、修行も、落語にひたる時間も足りない。
それでも、お客様の前で落語を披露できる喜びは大きい。もっともっと上手く、心に響くような高座ができるようにしなくては。改めてそう思わせてもらった一席だった。
猪名川亭風鈴「真景累ヶ淵〜宗悦殺し」

続いて登場したのは、大阪から来沖した猪名川亭風鈴さん。社会人落語日本一決定戦の決勝に進出したこともある実力派だ。
分かりやすい語り口に加え、パワフルで迫力のある落語は、聞く人の耳と心をがっしりとつかむ。
披露したのは、明治期の落語家・三遊亭圓朝が創作した大作怪談「真景累ヶ淵」の第一段「宗悦殺し」。
高利貸しを営む鍼医・皆川宗悦が、旗本の深見新左衛門に借金の返済を迫ったところ、斬り殺されてしまう。その後、宗悦の霊は新左衛門の妻・お隈に取り憑き、深見家をさらなる悲劇へと引きずり込んでいく。
「宗悦殺し」は、後に長く続いていく因縁の発端となる物語だ。
風鈴さんは、初めて聞く人にも分かるように、登場人物や背景の説明から始める。内容を理解し、物語の世界へ入っていくことができる、分かりやすい導入だった。
風鈴さんの語り口は穏やかでありながら、一つひとつの言葉には力がある。
私は出番を終え、控室で耳を澄ませていた。すると、客席全体がスーッと高座へ引き寄せられていくような感覚があった。
この高座ではハメモノも入り、その音が噺の情景と重なって、恐怖を掻き立てていく。宗悦の霊がお隈に語りかける風鈴さんの声がそこに重なり、凄みが増していく。
お客様が息を呑む様子が、目に浮かぶほどだった。
おきらく亭すい好「お菊の皿」
トリを務めるのは、おきらく亭すい好さん。
2024年に開催された第十六回社会人落語日本一決定戦では準優勝。私の師匠でもあり、落語一笑の会の中心メンバーでもある。
軽妙な語り口と豊かな表情から語られる落語は、見ている人を自然と笑顔にしてくれる。
演目は「お菊の皿」。怪談で知られる「番町皿屋敷」を題材にしながら、物語が進むにつれて滑稽な展開になっていく噺だ。
夜な夜な井戸から現れ、皿を数える幽霊のお菊。ところが、その美しさが評判になると、多くの見物人が押しかけるようになり、お菊も次第に幽霊らしさを失っていく。
とにかく、すい好さんの落語は明るく楽しい。身振り手振りはもちろん、表情がコロコロと変わる様子は、役者と見間違うほどだ。
なかでも面白いのが、最初に姿を現したときのお菊と、大人気になって大勢の見物人の前に登場するときのお菊とのギャップ。その場面が来た途端、会場から一斉に笑い声が上がった。
怪談の最後を笑いで締める。そんな狙いだったのかもしれない。
さらに、この日はオチにもひと工夫。聞き慣れた人なら予想するであろうオチをやらず独自のオチで、客席からさらに大きな笑いを引き出した。
大きな拍手とともに、二回目を迎えた「紅型と落語」は無事に終演した。
伝統文化同士が同じ空間に収まる面白さ
落語会が終了すると、お客様は思い思いに出演者や城間栄市さんと言葉を交わしている。なかには、展示されている紅型の振袖を眺める人もいた。
美しい紅型と静かな空間。そして、その空間で行われた落語。
紅型は好きだけれど、落語を聞くのは初めてという人。落語を目当てに来たけれど、紅型も美しいと感じた人。おそらく、そんな人もいただろう。
それが良いと私は思う。
紅型と落語。一見すると、まったく違う文化だ。それでも、誰かが受け継ぎ、次の世代へ手渡してきたからこそ、今ここにある。その点では、二つはどこか似ている。
あの夜、異なる二つの文化が同じ空間に自然と溶け込んでいたのは、受け継がれてきたものに対する尊敬と愛があったからかもしれない。
どちらも、知れば知るほど好きになっていく。
あの場所で、また素敵な時間を共有できる日を願っている。

「紅型と落語」
会場:城間びんがた工房内 ギャラリー杜栄
日時:7月18日(土)16時開場/17時30分開演
出演・演目
おきらく亭らい好「もう半分」
猪名川亭風鈴「宗悦殺し」
おきらく亭すい好「お菊の皿」
城間びんがた工房について、詳しくは公式サイトやInstagramをご覧ください。